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2008年2月11日 (月)

世話になった人の息子の不祥事

Yahooのトピックスで「柿沢弘治元外相の長男が飲酒運転」というのを目にした。

お父さんの「柿沢弘治」氏は、亡き母が生前に「飲み友達」で大変お世話になった方だ。深夜にベロベロに酔ったうちの母親を、玄関先までタクシーで送ってくれたのを記憶している。当時の「柿沢弘治」氏が、いかに気さくな人柄だった事か。「先生様にこんなにしてもらって申し訳ない」と、平謝りしていた親父の姿が思い出される。「いやぁ、ちょっと飲み過ぎちゃったな・・・でも楽しかったなぁ、また飲もうね」なんて調子で。下町が誇る大物政治家である。

余談だが、オイラの母親というのは、フットワークが軽いというか・・・すぐに誰とでも仲良くなってしまう才覚があった。生来の「お調子者」で「酒豪」だったが、たぶんオイラもそのDNAを受け継いでると思う。

このニュースは、オイラにも少し悲しかった。「柿沢弘治」氏にふれた事のある人は、皆一同に悲しかっただろう。同時に身を置き換えて考えてみた。

「親兄弟や親族に恥ずかしくない立ち振る舞い」と、物心ついた頃から誰しもが教わってきた事が、近頃おざなりになっていやしないだろうか?オイラも含めてだが・・・。

日本人には昔から「恥」という感覚があった。推測するにこれは「武家」の時代に生まれたものだ。武士は何も生まない。作物も作らないし商いもしない。だが身分は保障され禄を分け与えられる。そんな生業の自分たちを律する意味で「恥」という物差しを築いたのではないだろうか。だとすれば「恥ずかしい」という感覚は、自身を取り巻く「環境」に向ける礼儀とも言える。

万物に感謝する気持ちの「礼」と、自分の他との関わり・結びつきである「儀」に欠ける「無礼」な輩が目に余るこの頃。終戦から28年経ってグアム島で発見された「横井 庄一」さんが帰還した時に「恥ずかしながら生きて還ってきました」と言ったのを、ふと思い出した。


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